クリスチャンのご両親の前夜式、告別式

故人の両親が敬虔なクリスチャンでしたので、キリスト教葬儀を希望したところ、葬儀社が御社を紹介をしてくださいました。故人の好きだった曲も使わせていただき、温かい葬儀となりました。

依頼者:兵庫県 T様

優しい光

図1

『神は大いなる事をなして測り知れず、その奇しいみわざは数えきれない。』             聖書 ヨブ記5章9節

酷暑の夏ですが、日が沈み、夜空に輝く満月を見上げていると落ち着いた気持ちになるものです。昼間の日差しが厳しいだけに、その光を反射して穏やかな色合いを放つ月の光が心を落ち着けてくれます。

人の歩みの中には、厳しい現実があります。酷暑に立ち向かう時のように、それぞれが弱さを抱え、現実と戦わなければならないときがあります。 どうして、神様は私にこのような試練を与えられるのだろうか?と 疑問になることもよくあります。

しかし、神様が夜空に輝く月のように優しい光を届けてくれる時があります。同じ神様が時には厳しく、そして時には優しく寄り添ってくださるのです。

『すべてのことを働かせて益としてくださる・・』と聖書には書かれてあります。

酷暑の続く夏の日差しを知った人だけが、月の光の優しさを実感できるのかもしれません。

神様のされることは、私たちには想像もつかないことですが、神様の計画には、私たちを幸せにする祝福のプレゼント(blessing)が満ちているにちがいありません。

『私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのこと(試練)の中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです』 聖書 ローマ書8章

神様はあなたを愛しておられます。

あなたに祝福が届きますように Bless your home!!

永遠のしるしが与えられた

CIMG4954

イザヤ55:13

いばらの代わりにもみの木が生え、おどろの代わりにミルトスが生える。これはの記念となり、絶えることのない永遠のしるしとなる。」


7
月に行われた「祈り会」も神様の豊かな恵みが充ち溢れる時でした。

韓国から日本に来られている平川宣教師が、自身の体験を交えてメッセージされました。

「日本に来てからの9年間を振り返ると、色んなことがありました。なぜ、このようなことが起きるのか?災いではないのか」と、何度も不安と辛さを覚えたと言います。

「そんな時に、イザヤ55:8-9『わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。主の御告げ — 天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。』と聖書を通して神様が語られました。

辛さを感じたその一点だけを見ると「災い」と思えるかもしれませんが、それは間違いであり、主が用意された祝福の道を歩んでいる途中経過であることがわかってきたのです。」

「私は今も、神様が用意された最高の祝福の人生を歩んでいるのです。

神様は、絶えることのない永遠のしるしとしてイエス様を与えてくださいました。」

神様は決して「災い」を与える方はなく、様々な出来事を通して「祝福」を皆さんに与えてくださる方なのです。

「なぜ?」と思える時には、「今は、祝福の道の途中経過にある!」と言うことを思い出しましょう。 hallelujah

 

弱さのうちに

2015.7.5 追悼展より    

 

・・・Ⅱコリント:12: 9

わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである

 

今年のはじめ、体調を崩されたお年寄りを病院にお連れしました。診察の結果、異常はありませんでしたが、念のため検査入院されることになり、私は安心して帰宅しました。  それからしばらくして、退院される頃だろうと病院を訪ねると、そのお年寄りの様子は一変していました。環境の変化の中、廊下で転んで怪我をされ、軽い脳梗塞を発症、さらにご家族の心配事などで、座っていることもできない状況でした。その後も病状の悪化は続き、ついに食事もできなくなり、点滴と口から胃に管が通され、手は動かないように吊るされてしまいました。「家に帰りたい!」というご本人の叫びと「帰してあげたい!」というご家族の声が日増しに大きくなっていきました。病院で延命するよりも短くても自分の家で良い時間を過ごし、家族に守られて天国に召されたいと願う気持ちはよく理解できました。

家に帰るためには、在宅で診て頂ける医者と訪問看護師、ヘルパー、ボランティア、家政婦 などを探す必要がありました。神戸のような都会では探せば見つかるものですが、24時間体制となると、それらに加えて、ご家族を助ける「寄り添う人」が必要でした。    「寄り添わせてください」と始めたブレス・ユア・ホームにとって、大きなチャレンジの時でした。「仕事で寄り添ってください」とご家族が申し出てくださり、祈りながら退院をお手伝いし、ご自宅に通うようになりました。

慣れ親しんだお部屋に戻られたお年寄りには、安堵の表情がありました。お部屋でも医療行為ができるようにスペースを確保し、賛美歌のCDを繰り返し流しました。既に信仰を持っておられたので、お好きな賛美歌が流れると手を挙げて賛美と祈りを捧げられるようになりました。身動きの取れなかった病院のベッドとは全く違う温かい空間の中、手を取って祈ると、頷きながら時には涙を流されました。弱さの極限に向かって時間がゆっくりと過ぎてゆきました。

 住み慣れたお部屋に戻られて、天に召されるまでわずか12日間しかありませんでした。しかし、その間に神様の与えてくださった祝福はかけがえのない大きなものでした。ともに寄り添った奥様や姪御様が、これらの試練の中で信仰を持たれ、そのお部屋で洗礼式が持たれました。その時には、力の限りしっかりと目を開けられ、手を合わせて感謝を表され、その様子に集まった多くの人が感動の涙を流しました。

 体格の良いお年寄りでしたが、天に召された時は痩せて小さく見えました。本当に弱くなられました。 しかし、微笑みながら、神様に抱かれて「それじゃ 天国で待っているから・・」と手を振ってくださっているように思いました。天に宝を積んだ方の最期は清々しい旅立ちの朝でした。

あなたに寄り添わせてください!

20131121_071704208_iOS

ルカ 10:37

するとイエスは言われた。「あなたも行って同じようにしなさい。」

 

「寄り添うことをビジネスにさせてください!」と語り続けると、感謝なことに、様々な人が耳を傾けてきます。「応援させてください!」と言ってくださるのは、必ずしもクリスチャンだけではありません。 

核家族化、高齢化の進む日本で、地位や財産があっても寄り添ってくれる人がいないと訴える声がいたるところで聞こえてきます。その声に応えようとする人々の心には、「あなたの隣人を愛しなさい」と言われる神様の声が響いているのでしょう。

寄り添うことをビジネスにすることは、継続的な働きの一端にすぎません。

神様の愛は、ビジネスの域を超え、広く、深く人々の心を潤していくものです。

この世のものでは代えられない天来の恵は、人々を祈りと賛美に導き、神様の素晴らしさが心を満たしていくに違いありません。 

まず、あなたが隣人に寄り添うことで、幸せの連鎖が広がっていくのです。

勇気を持ってその一歩を始めましょう。皆さんの家庭に、地域に、そして日本の各地に祝福が届きますように・・ Bless your home!!

4 / 41234