祝福を受け継ぐために

先日、ご主人に先立たれた高齢のご婦人に寄り添い、老人ホームの一室を借りて記念会を行った。先に信仰を持って召されたご主人の後を追うように、ご婦人は信仰を持たれ、すでに洗礼を受けておられた。

洗礼を受けられたとはいえ、高齢になってから聖書の言葉を理解し、祈る習慣を持つことは容易なことではない。ご自分で教会に集える状況ではないので、記念会の場を借りて、聖書の言葉をお伝えし、天国でご主人と再会する希望を持っていただきたいと願いつつ、司式をさせていただいた。

お元気だった頃のご主人の写真を眺めながら、懐かしい思い出をたどり、ご主人のお好きだった聖句から神様の素晴らしさをお伝えした。しかし、ご婦人は、昔の楽しかった出来事を思い返して、「やっぱり死んだのね・・・」と、寂しそうにひと言つぶやかれた。

「天国で生きておられますよ。また会えますよ」と励ましても、私の言葉では心に届かないようだった。しかし、最後に、式次第に書かせていただいた聖句「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです」(ヨハネ11:25)を紹介させていただいたとき、不思議なことが起こった。

ご自分で、その聖句をゆっくりと声に出して読んでいかれたのである。そして、読み終わって「ほんと、書いてあるわ・・・」と言われ、ほほ笑まれた。内住のイエス様が直接ご婦人に語ってくださっているようだった。

イエス・キリストを信じることによって得られる罪の赦(ゆる)しと永遠の命の約束は、人の思いが揺らいだとしても決して変わることはない。しかし、神様を信頼して生きる信仰生活の習慣は、個人差はあるものの、すぐに身につくわけではない。継続的な聖書の言葉による養いが必要である。

大切な家族を失い、悲しみの中を生きる高齢者に寄り添い、聖書の言葉を届け、共に祈る働きが求められている。キリスト教葬儀の後には、必ずと言っていいほど寄り添うべき高齢者が遺族の中におられるものである。

教会はキリストの体であり、さまざまな角度から人々の弱さに寄り添える人材が用意されている。教会に集えない弱さを抱えた方々に対し、ためらうことなく寄り添うなら、主は、それらの働きを御心に沿って組み合わせ、満天の星のように祝福を広げてくださるに違いない。

「あなたがたは祝福を受け継ぐために召されたのだからです」(Ⅰペテロ3章9節)

 

引用:クリスチャントゥデイ -「日本人に寄り添う福音宣教の扉(22)遺族に寄り添うキリスト教葬儀文化」(2017年6月15日)

葬儀社では牧師の手配ができないと言われ…

母の容態が悪いのは知っていましたが、突然亡くなったため葬儀の準備がなく、病院指定の葬儀社になりました。葬儀社では牧師の手配ができないと言われ、困っていましたが御社が見つかり大変助かりました。牧師夫妻が寄り添ってくださったお陰で、慰めに満ちた良い葬儀になりました。ありがとうござました。

依頼者:千葉県 M様

10/20「葬儀から日本(北海道)宣教」セミナー開催のお知らせ

10/20に「葬儀から日本(北海道)宣教」セミナーを開催いたします。
場所:北海道クリスチャンセンター
時間:13:30-17:00

ちらしはこちらをご覧ください。

希望を与える素敵な微笑

2年前の秋から訪問を続けてきた高齢の女性が天に召された。100年近い長い年月を駆け抜け、人生の喜びと感謝を関わる人々に残された。私たちがお交わりできた時間はわずかだが、大変貴重な体験を頂いたように思う。

あらゆる環境で柔軟に自然体を貫いてこられたような方だった。ご家族を支えながら、ボランティア活動にも積極的に励んでこられた。若い頃に信仰を持ち、1941(昭和16)年、大戦の最中に洗礼を受けておられたが、ご家族が信仰を持つまでそのことを打ち明けることはなかった。

仏壇を受け継いでおられたが、その中にご自分の大切なものをしまい込み、その前に座って、天の神様に祈りを積まれていたようだ。隠しておられたわけではないと思うが、自然体なので、彼女の信仰が天の神様に向かっていることを、誰も知らなかったらしい。

神様は、そんな彼女の祈りに応えるかのように、やがてご家族が信仰を持ち、共に教会に行ける時が来て、初めてご自身の信仰を告白された。もう80歳になろうとしているときである。そして90歳になり、ご長女家族と同居するようになって、ようやく熱心に教会に通われるようになった。

私たちが訪問すると、いつも笑顔を絶やさず温かく迎えてくださった。祈りと賛美に心を合わせ、クリスマスには共に楽しそうに賛美歌を歌ってくださった。そんな彼女が今年になり、さらに体力が落ちたのだが、出会う人たちにお別れのあいさつを始めたという。まるで引っ越しの際にお世話になった人にお礼のあいさつをされているようであった。ご長女から葬儀の相談があったが、それから間もなく、静かに眠るように天に召されていかれた。

宣教はキリストの福音を伝えることである。聖書に記される福音は、確かに人を生かす力がある。しかし、その福音を信じる人の人生が証しになってこそ、宣教は進んでいくに違いない。

人は生まれてくる環境を自分で選ぶことはできない。神様が備えてくださったそれぞれの場がその人の人生であり、福音宣教の現場になる。

私たちも、人生の荒波の中で、信仰をもってすべてを受け入れ、柔軟に、自然体を貫き通せるようになりたいものだ。そして、多くの人々に希望を与える素敵な微笑を残して天国に凱旋したい。

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです」(Ⅰテサロニケ5章16~18節)

引用:クリスチャントゥデイ -「日本人に寄り添う福音宣教の扉(27)微笑から宣教の扉が開く」(2017年8月24日)

 

戦後まもなく洗礼を受けた方の葬儀

故人は、戦後まもなく洗礼を受けましたが、その後集った教会とのつながりは薄く、司式をお願いできる牧師はいませんでした。今回無宗教葬儀を準備しましたが、ネット検索により御社を見出し、お願いすることができました。お陰様でとても良い葬儀になりました。ありがとうございました。

依頼者:埼玉県 T様

自宅から良い送り方ができました

急なお願いをしましたが、前日にも訪問下さり寄り添ってくださいました。火葬前に良い時間を持ちたいと願っていました、自宅から良い送り方ができたと思います。ありがとうございました。

依頼者:北海道 K様

幼いころキリスト教会に馴染んでいた方の葬儀

幼いころキリスト教会に馴染んでいましたが、その後、教会とのつながりは薄く、葬儀司式をお願いできる牧師がいませんでした。今回、キリスト教葬儀に手慣れない葬儀社での告別式になりましたが、快く牧師派遣に対応してくださり、良い葬儀を挙げることができました。ありがとうございました。

依頼者:埼玉県 K様

召される1週間前に洗礼を受けることができました。

キリスト教に触れた母親でしたので、キリスト教の葬儀の準備のため御社に事前相談をしましたが、母親の入信の希望に対し、すぐに牧師を派遣下さり、召される1週間前に洗礼を受けることができました。母親を失った悲しみはありますが、本人が洗礼を受けたことを喜び天国の希望をもって召されたことは大きな慰めになりました。ありがとうございました。

依頼者:埼玉県 I様

終活ツアーのゲストスピーカーとして講演 

就活セミナー㈱創生 ライフワークス社の終活ツアーのゲストスピーカーとして6/3福岡、7/1名古屋、7/8神戸において、当社の広田(代表)が「葬儀から日本宣教」のプレゼンを行いました。(写真は7/8神戸バイブルハウスにて) 
参加してくださった方とは、よいお交わりができました。
ありがとうございました。

お葬式の前後は誰もが慰めを必要としているときです。多死社会となった日本において、祝福を携えて弱さに寄り添う働きが求められています。

今後とも、皆様の温かい応援とご協力をよろしくお願いします。

焼香と献花台の両方を

信仰をもって亡くなったとはいえ、真言宗の背景の強い家族でしたので心配はありましたが、焼香と献花台を両方作り、母の信仰を語ってくださり、ありがとうござました。

依頼者:大阪府 H様