愛ランド教会ファミリー礼拝メッセージ

イスラエルには3つの大きなお祭りがありますが、その中に、春に行われる過ぎ越しの祭りがあります。この祭りは今でも継続されていますが、かつてイエスキリストが来られた当時、旧約聖書に基づき、ユダヤ歴ニサンの月の10日に過越の小羊が取り分けられ、14日までの4日間、しみや傷がないか吟味を受け、14日の夕刻に屠られて血が流されました。
旧約聖書には、羊の血が流されることを通し、神様が人の罪を見過ごしてくださる ことが示され、過ぎ越しの祭りが毎年行われていました。
この祭りの習慣の中に、実は、罪を取り除く神の子羊(イエス・キリスト)が来られ、同じニサンの月の10日にエルサレムに入場した後、裁判にかけられ、一切の罪がないと定められた後、14日の夜に十字架にかけられたのです。

イエス・キリストが人の罪を身代わりに負ってくださったことで、すべての人の罪が赦されることを、神様があらかじめ示しておられたのです。
彼は、十字架にかかる直前、ゲッセマネの園において、父なる神様の御旨を知り、すべての人の罪を身代わりに背負い、進んで十字架にかかる道を選ばれました。

絆の強過ぎる共同体(教会)を訪ねるのは難しい

個人主義を基本にする欧米の社会では、日本社会と異なり、緩い絆を維持するヨコ社会を作りやすく、共同体の絆を強くするための工夫が必要になります。地域教会の活動は、その課題を克服する役割を担っています。

しかし、強い絆のタテ社会を作りやすい日本社会では、絆が強くなり過ぎて生じる人間関係のトラブル(気遣い)や、閉鎖性を改善することの方が重要な課題になります。

残念ながら、日本の地域教会は、欧米の教会スタイルをそのまま持ち込んだため、教会内部の絆が強くなり過ぎ、閉鎖的な地域教会から脱出できない傾向に陥っているのでしょう。

https://www.christiantoday.co.jp/articles/35685/20260307/nihonjin-ni-yorisou-243.htm

中学同窓会への参加

かつては多くの生徒が集う中学校でしたが、今回は有志だけの小さな懇親会に参加してきました。それほど親しかったわけでもなく、卒業から55年以上も経って記憶も定かではありませんが、同じ時代を、それぞれの立場で乗り越えてきた仲間意識は不思議と強いものでした。

お互い70歳を迎える年代ですので、「天国に早く行きたい」と素直に宣言したところ、「まだまだ無理ですよ!当分は・・」などの会話もあって、お互いそれとなく老いを感じる年になってきたことを実感しました。良い関係を続けていきたいものです。

 

湖東焼個展見学

湖東焼(ことうやき)は、江戸時代後期の1829年に近江国(現在の滋賀県彦根市)で始まった陶磁器です。江戸時代末期、彦根藩の藩窯(御用窯)となり、井伊直弼の保護のもとで黄金期を迎えましたが、明治時代に一度途絶えた「幻のやきもの」として知られています。

この貴重な日本文化の再興に取り組む陶芸家 中川一志郎氏 が彦根市で開催した作品展を見学してきました。繊細で豪華な美しい絵付けを特徴とする作品が展示され、志のある陶芸家によって受け継がれた大切な文化遺産を、是非とも後世に残していただきたいと願っています。

仏教徒のままキリストを信じよう

私たちは、日本の中に受け継がれた伝統文化を無視して生活することは不可能です。仏教の葬儀文化においても同じです。
地域教会には、家族や地域社会と調和しながら、安心して信仰生活が送れるように指導する役割があるでしょう。また、受け継がれた仏教葬儀文化の故に、キリストを信じる決心がつかない求道者に対しては、仏教徒のまま信仰を持ち、伝統文化を守りながら信仰生活を送ることを勧めたいと思います。もちろん偶像礼拝の危険性を伝えることも、以前にも増して必要になるでしょう。

https://www.christiantoday.co.jp/articles/35639/20260221/nihonjin-ni-yorisou-242.htm

愛ランド教会ファミリー礼拝メッセージ

BC1400年頃、エジプトのナイル川河口(ゴシェン)において、エジプトの奴隷となっていたイスラエル人約200万人は、指導者モーセに導かれ、約束の地(今のイスラエル地域)に向かって脱出しました。エジプトの王ファラオは、イスラエル人の出発を頑なに認めようとしませんでしたが、数々の災いがエジプトに起こり、イスラエル人の出発前夜には、ファラオの息子を含め、エジプト中の初子が死ぬという悲劇に至り、ついに全てのイスラエル人がエジプトを出発することになりました。
出発に先立ち、神様はイスラエルの民に向かって、傷のない最良の羊(あるいはヤギ)をニサンの月(ユダヤ暦の最初の月)の10日に選び、14日まで吟味し、14日の夕暮れに屠り、その血をイスラエル人の家々の二本の門柱と鴨居に塗ることを指示しました。
神様はその血が塗られたイスラエルの家々には、災いを過ぎ越され、初子が死ぬことがありませんでした。神様はこの出来事をイスラエルの記念とし、過ぎ越しの祭りを定められました。今でも過ぎ越しの祭りはイスラエルの大切な記念になっています。
エジプト脱出から1400年ほどの時が流れ、まさに過ぎ越しの祭りがイスラエルの神殿において行われる際、捧げものとして選ばれた羊が神殿に連れてこられるニサンの月の10日、イエス・キリストは「神の子羊」として、旧約聖書の預言に沿ってロバに乗ってエルサレムに入城されました。神の国の到来を待ち望む群衆は、メシアが来られたことを歓迎しましたが、14日まで調べ上げられるイエスを最後まで支えるものは誰もいませんでした。イエスの罪は一切見出されませんでしたが、ご自分をメシア(救い主)として現された故、ニサンの月の14日に十字架にかけられました。彼のいのちが捧げられ、血が流されたことを通し、全人類の罪の贖いがなされたのです

牧師と僧侶が共に関わる葬儀!?

通常、「仏教葬儀」においては、葬儀社が進行役となり、葬儀の途中に僧侶が入場し、読経を唱え、焼香の時を持ち、その後、僧侶は退出します。
また、「キリスト教葬儀」においては、牧師は全体の進行役も担いますので、前奏、祈り、賛美、聖書朗読、略歴紹介、説教、献花、後奏、飾花などの全てのプログラムを主導します。
全ての内容が葬儀の大切な要素ですが、「キリスト教葬儀」の説教の部分を、そのまま「仏教葬儀」に置き換えてしまってもいいのではないかと考えています。

https://www.christiantoday.co.jp/articles/35596/20260207/nihonjin-ni-yorisou-241.htm

僧侶との対談(日本文化に寄り添う歩み)

日本文化に寄り添い、仏教葬儀との連携を検討するため、著名な僧侶と面談を実施しました。仏教の世界においても、寺院継承の課題は大きく、存続に向けて様々な知恵を出しておられます。キリスト教会もよく似た状況はありますが、過去から受け継いだ遺産の大きさは桁外れに大きいと感じました。葬儀における仏教離れは深刻ですが、キリスト教会との連携の可能性を探りました。寺院を用いたキリスト教葬儀や、キリスト教会を用いた仏教葬儀の可能性はあると感じました。今後、牧師と僧侶の現実的な連携をさらに模索したいところです。

一神教と多神教の違いを軽率に扱いたくない

私たちが通常使っている「一神教」や「多神教」の言葉だけでは表現できない深い意味があることが分かります。また、偶像礼拝についても、そもそも日本古来の文化にあったわけではなく、後の時代に徐々に生まれたものであり、現代の日本人に直接当てはまらない部分が多いように思います。

私たち日本人が日頃から心を注ぎ出し、感謝し、願いをささげる祈りは、いったいどこに向けられているのか、日本文化に寄り添いながら、今後とも考えていきたいと思います。

https://www.christiantoday.co.jp/articles/35552/20260124/nihonjin-ni-yorisou-240.htm

愛ランド教会ファミリー礼拝メッセージ

BC586年バビロニアに滅ぼされた南ユダから、多くのユダヤ人が強制的にバビロンに移住させられました。やがて新バビロニアに代わって生まれたペルシャの時代、BC538年に一部のユダヤ人が故郷に戻ることを赦されましたが、未だ多くのユダヤ人がペルシャで生活を続けていた時代の出来事です。
ペルシャのアハシュエロス王が妃を選ぶために、国中の美しい女性を集め、その中から、当時、ペルシャで生活していたユダヤ人のエステルが選ばれました。ちょうどその頃、ペルシャの高官ハマンが、エステルを養女として育ててきたユダヤ人のモルデカイの態度が気に食わず、モルデカイだけでなく、ユダヤ人を撲滅する計画を立てました。彼は、アハシュエロス王の賛同を得て、12カ月後のアダルの月の15日にユダヤ人を殺害する命令を全国に発布してしまいました。

この危機的な状況において、モルデカイとエステルは、神様の導きに沿ってアハシュエロス王から、ユダヤ人を救い出す命令を新たに引き出し、ユダヤの民と国家が守られました。(詳細は次週)